権謀をも、其他のあらゆる直接間接の手段をも避けない。女を盗み出したとか、待伏して奪つたとか云ふ噂もあつた。併しそれがいつも密《ひそ》かに計画して、巧みに実施せられるので、世間には只ぼんやりした流言が伝はつてゐる丈で、証拠や事実の挙げられたことは無い。己はさう云ふ催しのある所へ来たのでは無いかと思つたので、手紙を受け取つたら、なるべく早く此別荘を立ち去らうと決心した。手紙はロオマとパリイとに宛てゝ書いて貰ふ筈だつた。実は己はどちらへ先に往かうかと迷つて、どうもフランスの方へ心が引かれるやうに感じてゐたのだ。
このどちらを先きにしようかと云ふ問題の得失を、とつおいつして考へて見ながら、己は此間《このま》にあつた大鏡に姿をうつして、自分の風采の好いのを楽んでゐた。絹の上衣、刺繍のしてあるチヨキ、帯革に金剛石を鐫《ちりば》めた靴、この総ては随分立派で、栄耀《ええう》に慣れた目をも満足させさうに見える。己の目の火のやうな特別な光も人を誘《いざな》ふには十分だ。これ丈の服装と容貌とを持つてゐれば、幸福の女神《ぢよしん》に対して、極《ごく》大胆な要求をしても好ささうだ。噂に聞けば、フランスの美人は
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