君は私を買い被っている。私はそんなにえらくはない。しかし私の事は姑《しばら》く措《お》くとして、君は果して東京で師事すべき人を求めることの出来ぬ程、ドイツ語に通じているか。失敬ながら私はそれを疑う。こう云いつつ、私は机の上にあった Wundt を取って、F君の前に出して云った。これは少し専門に偏《かたよ》った本で、単にドイツ語を試験するには適していぬが、若しそれでも好《い》いなら、そこで一ペエジ程読んで、その意味を私に話して聞かせて貰いたい。若し他の本が好いなら、小説もあり雑誌もあるから、その方にしようと云った。
 F君は私の手から本を受取って、題号を見た。そして「心理学ですね」と云った。
「そうだ。君それが読めるか。」
「読めないことはありますまい。この本の事は聞いていただけで、まだ見たことはなかったのです。しかし私が Paedagogik を研究した時、どうしても心理学から這入らなくては駄目だと思って、少し心理学の本を覗《のぞ》いて見たことがあります。どこを読みましょう。」こう云って本を飜《ひるがえ》しているうちに、巻末に近い Die seele と云う一章が出た。「そこを少し読ん
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