いろ》の教師に贄《にえ》を執って見たが、今の立場から言えば、どの学校も、どの教師も、自分に満足を与えることが出来ない。ドイツ人にも汎《ひろ》く交際を求めて見たが、丁度日本人に日本の国語を系統的に知った人が少いと同じ事で、ドイツ人もドイツ語に精通してはいない。それから日本人の書いたドイツ文や、日本人のドイツ語から訳した国文を渉猟《しょうりょう》して見たが、どれもどれも誤謬《ごびゅう》だらけである。その中《うち》でF君は私が最も自由にドイツ文を書き、最も正確にドイツ文を訳すると云うことを発見した。しかし東京にいた時の私の生活はいかにも繁劇らしいので、接近しようとせずにいた。その私が小倉へ来た。そこで君はわざわざ東京から私の跡を追って来た。これから小倉にいて、私にドイツ語を学びたいと云うのである。
 これを聞いて私はF君の自信の大きいのに驚き、又私の買い被《かぶ》られていることの甚《はなはだ》しいのに驚いて、暫く君の顔を見て黙っていた。後に思えば気の毒であるが、この時は私の心中に、若《も》し狂人ではあるまいかと云う疑《うたがい》さえ萌《きざ》していた。
 それから私は取敢ずこんな返事をした。
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