てくれるのであった。
或る日役所から帰って、机の上に読みさして置いてあった Wundt の心理学を開いて、半ペエジばかり読んだが、気乗がせぬので止めた。そしていつもの※[#「糸+樔のつくり」、第4水準2−84−55]車の音を聞いてぼんやりしていた。
そこへ女中が知らぬ人の名刺を持って来た。どんな人かと問えば、洋服を著《き》た若い人だと云う。とにかく通せと云うと、すぐにその人が這入《はい》って来た。
二十《はたち》を僅《わずか》に越した位の男で、快活な、人に遠慮をせぬ性《たち》らしく見えた。この人が私にそう云う印象を与えたのは、多く外国人に交《まじわ》って、識《し》らず知らずの間に、遠慮深い東洋風を棄てたのだと云うことが、後に私にわかった。
初対面の挨拶が済んで私は来意を尋ねた。この人の事を私はF君と書く。F君の言う所は頗《すこぶ》る尋常に異なるものであった。君は私とは同じ石見人《いわみじん》であるが、私は津和野《つわの》に生れたから亀井《かめい》家領内の人、君は所謂《いわゆる》天領の人である。早くからドイツ語を専修しようと思い立って、東京へ出た。所々の学校に籍を置き、種々《いろ
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