な湯帷子《ゆかた》を著て、縁端《えんばな》で凉んでいる。外から帰って著物を脱ぎ更《か》えるのを不意に見て、こっちで顔を背《そむ》けることもある。私はいつとなくこの女の顔を見覚えたが、名を聞く折もなく、どこの学校に通うと云うことを知る縁もなかった。女は美しくもなく、醜くもなく、何一つ際立って人の目を惹《ひ》くことのない人であった。
 向いの家の下宿人は度々入り替ると見えて、見知った人がいなくなり、新しい人が見えるのに気の附くことがあった。しかしF君と安国寺さんとは外へ遷《うつ》らずにいた。私の家の二階から見える女学生も遷らずにいた。

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 一年余立って、私が東京へ帰ってからの二度目の夏になった。或る日安国寺さんが来て、暑中に帰省して来ると云った。安国寺さんは小倉の寺を人に譲ったが、九州鉄道の豊州《ほうしゅう》線の或る小さい駅に俗縁の家がある。それを見舞いに往くと云うことであった。
 安国寺さんの立った跡で、私の内のものが近所の噂《うわさ》を聞いて来た。それは坊さんはF君の使に四国へ往ったので、九州へはその序《ついで》に帰るのだと云うことであった。使に往
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