って訳して聞せた。しかも勉《つと》めて仏経の語を用いて訳するようにした。唯識を自在に講釈するだけの力のある安国寺さんだから、それを丁度尋常の人が Fibel や読本を解するように解した。F君はこの流義を踏襲することを肯《がえん》ぜずに、安国寺さんに語格から教え込もうとした。安国寺さんは全く違った方面の労力をしなくてはならぬので、ひどく苦しんだ。
暫く立って、F君は第一高等学校に聘せられたが、矢張同じ下宿にいて、そこから程近い学校に通うので、君と安国寺さんとの関係は故《もと》のままであった。
――――――――――――
私が東京に帰ってから、桜が咲き桜が散って、気候は暖いと云う間もなく暑くなった。二階に登って向いの下宿屋を見れば、そこでも二階の戸を開け放っている。間数が多いので、F君や安国寺さんのいる部屋は見えない。見えるのは若い女学生のいる部屋である。
欄干に赤い襟裏《えりうら》の附いた著物《きもの》や葡萄茶《えびちゃ》の袴《はかま》が曝《さら》してあることがある。赤い袖の肌襦袢《はだじゅばん》がしどけなく投げ掛けてあることもある。この衣類の主《ぬし》が夕方には、はで
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