ては、後々まで残惜しい。一体あなたはどちらのお方かと云うのであった。君はこう答えた。
「それは気の毒な事だ。僕は石州のもので、尾の道へは始めて来た。ここへ来たのが知れるといけないから、早く帰るが好い」と云ったと云うのである。
F君のこの話を、私は面白く思って聞いた。私の悟性から見れば、初め君が他人の空似は有るものだと云ったのは反語でなくてはならない。芸者が臥所《ふしど》へ来た時、君は浜路《はまじ》に襲われた犬塚《いぬづか》信乃《しの》のように、夜具を片附けて、開き直って用向を尋ねた。さて芸者の詞を飽くまで真面目に聞いて、旨く敬して遠ざけたのである。君が語り畢《おわ》る時、私は君の面《おもて》を凝視して、そこに Ironie の表情を求めた。しかしそれは徒事《いたずらごと》であった。
F君は芸者の詞を真実だと思って、そのまま私に話したのであった。私は驚いた。そして云った。「日本の女は横著《おうじゃく》なようで、おとなしい。それが西洋人であったら、きっと肉迫して来たのだ。すると君だって、Wilhelm が Philene の胸を押し退《の》ける勇気がなかったように、女の俘《とりこ》にな
前へ
次へ
全27ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング