んど》毎日のように私の所へ遊びに来た。話はドイツ語の事を離れぬが、別に私に難問をするでもない。新に得た地位に安んじて、熱心に初学者にドイツ語を教える方法を研究して、それを私に相談する。そう云う話を聞くうちに、私は次第に君と私とのドイツ語の知識に大分相違のあることを知った。それは互に得失があるのである。君は語格文法に精《くわ》しい。文章を分析して細かい事を云う。私はそんな時に始て聞く術語に出くわして驚くことがある。しかし君の書いたドイツ文には漢学者の謂う和習がある。ドイツ人ならばそうは云わぬと、私が指※[#「てへん+適」、第4水準2−13−57]《してき》する。君が服せぬと、私は旅中にも持っている Reclam 版の Goethe などを出して証拠立てる。こんな応対がなかなか面白いので、私も君の来るのを待つようになった。
天気の好い土曜、日曜などには、私はF君を連れて散歩をした。狭い小倉の町は、端から端まで歩いても歩き足らぬので、海岸を大里《だいり》まで往《い》ったり、汽車に乗って香椎《かしい》の方へ往ったりした。格別読む暇もないのに、君はいつも隠しにドイツの本を入れて歩く。Goeschen 版の認識論や民類学などである。なぜかと問うと、暇があったら読もうと思うのが楽しみだと、君は答える。ひどく知識欲の強い人である。
二三週間立ってから、或る日私はF君がどんな生活をしているかと思って、役所からの帰掛に立見をおとずれた。丁度お上《かみ》さんが門口《かどぐち》から一匹の小犬を逐《お》い出しているところであった。「どうも内の狆が牝《めす》だもんですから、いろんな犬が来て困ります」と云って置いて、「畜生々々」と顧み勝《がち》に出て行く犬を叱っている。狆は帳場から、よそよそしい様子をして見ている。
「F君はどうしていますか」と、私は問うた。
「あなたがお世話なさるだけあって、変った方でございますね」と、お上さんは笑顔《えがお》をして云った。
「わたくしが世話をするだけあって変っているのですって。それは困るなあ。一体どう変っています。」こう云いつつ、私は帳場の前に腰を掛けた。
「いいえ、大そう好い方でございますが、もうこんなに朝晩寒くなりましたのに、まだ単物《ひとえもの》一枚でいらっしゃいます。寒い時は、上からケットを被《かぶ》って本を読んでいらっしゃるのでございます。」お上
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