う議論が燃え上がった。この部屋で此等《これら》の人の口からこの議論が出たのは、決して今夜が初めではない。
 主人が帝国採炭会社の理事長になって小倉に来てから、もう二年立った。その内大野の独身生活は小倉で名高いものになっていて、随って度々問題に上る。
 主人は全く女というものなしに暮らしているのだろうか。富田もこの問題のために頭を悩ました一人である。そこでこう云った。
「どうも小倉には御主人のお目に留まったものがなさそうだ。多分|馬関《ばかん》だろうと思って、僕は随分熱心に聞いて廻ったのだが、結果が陰性だった。」
「随分御苦労なわけだね」と、遠慮深い戸川は主人の顔を見て云った。
 主人はただにやりにやり笑っている。
 富田は少し酔っているので、論鋒《ろんぽう》がいよいよ主人に向いて来る。「一体ここの御主人のような生活をしていられては、周囲《まわり》の女のために危険で行けない。」
「なぜだい、君。」
「いつどの女とどう云う事が始まるかも知れないんだからね。」
「まるで僕が Don《ドン》 Juan《ホァン》 ででもあるようだ。」
 戸川は主人のために気の毒に思って、半ば無意識に話を外へ転じ
前へ 次へ
全22ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング