独身
森鴎外
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)掠《かす》めて
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)今晩|何処《どこ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「均−土」、第3水準1−14−75]《におい》が
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壱
小倉の冬は冬という程の事はない。西北の海から長門の一角を掠《かす》めて、寒い風が吹いて来て、蜜柑《みかん》の木の枯葉を庭の砂の上に吹き落して、からからと音をさせて、庭のあちこちへ吹き遣《や》って、暫《しばら》くおもちゃにしていて、とうとう縁の下に吹き込んでしまう。そういう日が暮れると、どこの家でも宵のうちから戸を締めてしまう。
外はいつか雪になる。おりおり足を刻んで駈けて通る伝便《でんびん》の鈴の音がする。
伝便と云っても余所《よそ》のものには分かるまい。これは東京に輸入せられないうちに、小倉へ西洋から輸入せられている二つの風俗の一つである。常磐橋《ときわばし》の袂《たもと》に円い柱が立っている。
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