鈴の音、花櫚糖売の女の声は気に留まらないのである。
 こんな晩には置炬燵《おきごたつ》をする人もあろう。しかし実はそれ程寒くはない。
 翌朝|手水鉢《ちょうずばち》に氷が張っている。この氷が二日より長く続いて張ることは先ず少い。遅くも三日目には風が変る。雪も氷も融《と》けてしまうのである。

       弐 

 小倉の雪の夜の事であった。
 新魚町《しんうおのまち》の大野|豊《ゆたか》の家に二人の客が落ち合った。一人は裁判所長の戸川という胡麻塩頭《ごましおあたま》の男である。一人は富田という市病院長で、東京大学を卒業してから、この土地へ来て洋行の費用を貯《たくわ》えているのである。費用も大概出来たので、近いうちに北川という若い医学士に跡を譲って、出発すると云っている。富田院長も四十は越しているが、まだ五分刈頭に白い筋も交《まじ》らない。酒|好《ずき》だということが一寸《ちょっと》見ても知れる、太った赭顔《あからがお》の男である。
 極《ごく》澹泊《たんぱく》な独身生活をしている主人は、下女の竹に饂飩《うどん》の玉を買って来させて、台所で煮させて、二人に酒を出した。この家では茶を煮る
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