スが、種々の障礙《しやうがい》のために半途で退学した。私は今其障礙を数へて、めめしい分疏《いひわけ》をしたくは無い。しかし只一つ言ひたいのは、私が幼い時から、刑死した父の冤《ゑん》を雪《そゝ》がうと思ふ熱烈な情に駆られて、専念に学問を研究することが出来なかつたといふ事実である。
 人は或は云ふかも知れない。学問を勉強して、名を成し家を興すのが、即ち父の冤を雪ぐ所以《ゆゑん》ではないかといふかも知れない。しかしそれは理窟である。私は亡父のために日夜憂悶して、学問に思を潜《ひそ》めることが出来なかつた。燃えるやうな私の情を押し鎮《しづ》めるには冷かな理性の力が余りに微弱であつた。
 父は人を殺した。それは悪事である。しかし其の殺された人が悪人であつたら、又末代まで悪人と認められる人であつたら、殺したのが当然の事になるだらう。生憎《あいにく》其の殺された人は悪人ではなかつた。今から顧みて、それを悪人だといふ人は無い。そんなら父は善人を殺したのか。否、父は自ら認めて悪人となした人を殺したのである。それは父が一人さう認めたのでは無い。当時の世間が一般に悪人だと認めたのだといつても好い。善悪の標準は時と所とに従つて変化する。当時の父は当時の悪人を殺したのだ。其父がなぜ刑死しなくてはならなかつたか。其父の妻子がなぜ日蔭ものにならなくてはならぬか。かう云ふ取留《とりとめ》のない、tautologie に類し、circulus vitiosus に類した思想の連鎖が、蜘蛛《くも》の糸のやうに私の精神に絡み附いて、私の読みさした巻を閉ぢさせ、書き掛けた筆を抛《なげう》たせたのである。
 私は学問を廃してから、下級の官公吏の間に伍して、母子の口を糊《のり》するだけの俸給を得た。それからは私の執る職務が、器械的の精神上労作に限られたので、私は父の冤を雪ぐと云ふことに、全力を用ゐようとした。しかしそれは譬《たと》へやうのない困難な事であつた。
 私は先づ父の行状を出来るだけ精《くは》しく知らうとした。それは父が善良な人であつたと云ふことを、私は固く信じてゐるので、父の行状が精しく知れれば知れる程、父の名誉を大きくすることになると思つたからである。私は休暇を得る毎《ごと》に旅行して、父の足跡を印した土地を悉《こと/″\》く踏破した。私は父を知つてゐた人、又は父の事を聞いたことのある人があると、
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