神の為業《しわざ》である。
 危険なる洋書を読むものを殺せ。
 こういう趣意で、パアシイ族の間で、Pogrom《ポグロム》 の二の舞が演ぜられた。そして沈黙の塔の上で、鴉が宴会をしているのである。

       *          *          *

 新聞に殺された人達の略伝が出ていて、誰は何を読んだ、誰は何を翻訳したと、一々「危険なる洋書」の名を挙げてある。
 己はそれを読んで見て驚いた。
 Saint《サン 》−|Simon《シモン》 のような人の書いた物を耽読《たんどく》しているとか、Marx《マルクス》 の資本論を訳したとかいうので社会主義者にせられたり、Bakunin《バクニン》, Kropotkin《クロポトキン》 を紹介したというので、無政府主義者にせられたとしても、読むもの訳するものが、必ずしもその主義を遵奉《じゅんぽう》するわけではないから、直ぐになるほどとは頷《うなず》かれないが、嫌疑を受ける理由だけはないとも云われまい。
 Casanova《カサノワ》 や Louvet《ルウェエ》 de《ド》 Couvray《クウルウェエ》 の本を訳して、風俗を壊乱
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