思想である、現代思想である、それを説いている自分達は新人である、現代人であると叫んだ。
 そのうちにこういう小説がぽつぽつと禁止せられて来た。その趣意は、あんな消極的思想は安寧秩序を紊《みだ》る、あんな衝動生活の叙述は風俗を壊乱するというのであった。
 丁度その頃この土地に革命者の運動が起っていて、例の椰子の殻の爆裂弾を持ち廻る人達の中に、パアシイ族の無政府主義者が少し交《まじ》っていたのが発覚した。そしてこの Propagande《プロパガンド》 par《パアル》 le《ル》 fait《フェエ》 の連中が縛られると同時に、社会主義、共産主義、無政府主義なんぞに縁のある、ないし縁のありそうな出板物が、社会主義の書籍という符牒《ふちょう》の下に、安寧秩序を紊るものとして禁止せられることになった。
 この時禁止せられた出板物の中に、小説が交っていた。それは実際社会主義の思想で書いたものであって、自然主義の作品とは全く違っていたのである。
 しかしこの時から小説というものの中には、自然主義と社会主義とが這入《はい》っているということになった。
 そういう工合に、自然主義退治の火が偶然社会主義
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