ョ《ふいちょう》せられた。Zola《ゾラ》 が 〔Le《ル》 Roman《ロマン》 expe'rimental《エクスペリマンタル》〕 で発表したような自然主義と同じだとは云われないが、また同じでないとも云われない。兎《と》に角《かく》因襲を脱して、自然に復《かえ》ろうとする文芸上の運動なのである。
 自然主義の小説というものの内容で、人の目に附いたのは、あらゆる因襲が消極的に否定せられて、積極的には何の建設せられる所もない事であった。この思想の方嚮《ほうこう》を一口に言えば、懐疑が修行で、虚無が成道《じょうどう》である。この方嚮から見ると、少しでも積極的な事を言うものは、時代後れの馬鹿ものか、そうでなければ嘘衝《うそつ》きでなくてはならない。
 次に人の目に附いたのは、衝動生活、就中《なかんずく》性欲方面の生活を書くことに骨が折ってある事であった。それも西洋の近頃の作品のように色彩の濃いものではない。言わば今まで遠慮し勝ちにしてあった物が、さほど遠慮せずに書いてあるという位に過ぎない。
 自然主義の小説は、際立った処を言えば、先ずこの二つの特色を以て世間に現れて来て、自分達の説く所は新
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