ると云う時期に、身上《しんしょう》の有るだけを酒にして、漁師仲間を大連へ送る舟の底積にして乗り出すと云うのは、着眼が好かったよ。肝心の漁師の宰領は、為事《しごと》は当ったが、金は大して儲けなかったのに、内では酒なら幾らでも売れると云う所へ持ち込んだのだから、旨《うま》く行ったのだ。」こう云った一人の客は大ぶ酒が利いて、話の途中で、折々舌の運転が悪くなっている。渋紙のような顔に、胡麻塩鬚《ごましおひげ》が中伸《ちゅうの》びに伸びている。支那語の通訳をしていた男である。
「度胸だね」と今一人の客が合槌《あいづち》を打った。「鞍山站《あんざんてん》まで酒を運んだちゃん車《ぐるま》の主《ぬし》を縛り上げて、道で拾った針金を懐《ふところ》に捩《ね》じ込んで、軍用電信を切った嫌疑者にして、正直な憲兵を騙《だま》して引き渡してしまうなんと云う為組《しくみ》は、外のものには出来ないよ。」こう云ったのは濃紺のジャケツの下にはでなチョッキを着た、色の白い新聞記者である。
この時|小綺麗《こぎれい》な顔をした、田舎出らしい女中が、燗《かん》を附けた銚子《ちょうし》を持って来て、障子を開けて出すと主人が女房
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