る。その下は押入れになっている。煖炉があるのに、枕元《まくらもと》に真鍮《しんちゅう》の火鉢を置いて、湯沸かしが掛けてある。その傍《そば》に九谷《くたに》焼の煎茶《せんちゃ》道具が置いてある。小川は吭《のど》が乾くので、急須《きゅうす》に一ぱい湯をさして、茶は出ても出なくても好いと思って、直ぐに茶碗に注いで、一口にぐっと呑《の》んだ。そして着ていたジャケツも脱がずに、行きなり布団の中に這入った。
 横になってから、頭の心が痛むのに気が附いた。「ああ、酒が変に利いた。誰だったか、丸く酔わないで三角に酔うと云ったが、己は三角に酔ったようだ。それに深淵|奴《め》があんな話をしやがるものだから、不愉快になってしまった。あいつ奴、妙な客間を拵《こしら》えやがったなあ。あいつの事だから、賭場《とば》でも始めるのじゃあるまいか。畜生。布団は軟かで好いが、厭《いや》な寝床だなあ。※[#「火+亢」、第4水準2−79−62]のようだ。そうだ。丸で※[#「火+亢」、第4水準2−79−62]だ。ああ。厭だ。」こんな事を思っているうちに、酔と疲れとが次第に意識を昏《くら》ましてしまった。
 小川はふいと目を醒ま
前へ 次へ
全19ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング