うとう一同寝ると云うことになって、客を二階へ案内させるために、上さんが女中を呼んだ。
一同が立ち上がる時、小川の足元は大ぶ怪しかった。
主人が小川に言った。「さっきの話は旧暦の除夜だったと君は云ったから、丁度今日が七回忌だ。」
小川は黙って主人の顔を見た。そして女中の跡に附いて、平山と並んで梯子《はしご》を登った。
二階は西洋まがいの構造になっていて、小さい部屋が幾つも並んでいる。大勢の客を留める計画をして建てた家と見える。廊下には暗い電燈が附いている。女中が平山に、「あなたはこちらで」と一つの戸を指さした。
戸の撮《つま》みに手を掛けて、「さようなら」と云った平山の声が小川にはひどく不愛相に聞えた。
女中はずんずん先へ立って行く。
「まだ先かい」と小川が云った。
「ええ。あちらの方に煖炉《だんろ》が焚いてございます。」こう云って、女中は廊下の行き留まりの戸まで連れて行った。
小川は戸を開けて這入《はい》った。瓦斯《ガス》煖炉が焚いて、電燈が附けてある。本当の西洋間ではない。小川は国で這入っていた中学の寄宿舎のようだと思った。壁に沿うて棚を吊《つ》ったように寝床が出来てい
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