nもそなたも食卓に就け。マリウチア[#「マリウチア」に傍線]はともに來ざりしか。尊き爺《てゝ》(法皇)を拜まざりしか。※[#「酉+奄」、第3水準1−92−87]豚《ラカン》をば忘れざりしならん。眞鍮の鉤《かぎ》をも。新しき聖母の像をも。舊きをば最早形見えわかぬ迄接吻したり。ベネデツトオ[#「ベネデツトオ」に傍線]よ。おん身ほど物覺好き人はあらじ。わがかはゆきベネデツトオ[#「ベネデツトオ」に傍線]よ。かく語りつゞけて、狹き一間に伴ひ入りぬ。後にはこの一間、わがためには「ワチカアノ」(法皇の宮)の廣間の如く思はれぬ。おもふに我詩才を産み出ししは、此ひとつ家ならんか。
 若き棕櫚《しゆろ》は重《おもき》を負ふこといよ/\大にして、長ずることいよ/\早しといふ。我空想も亦この狹き處にとぢ込められて、却《かへ》りて大に發達せしならん。古の墳墓の常とて、此家には中央なる廣間あり。そのめぐりには、許多《あまた》の小龕《せうがん》並びたり。又二重の幅|闊《ひろ》き棚あり。處々色かはりたる石を甃《たゝ》みて紋を成せり。一つの龕をば食堂とし、一つには壺鉢などを藏し、一つをば廚《くりや》となして豆を煮たり
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