ヘ又枝さしかはしたる古木をその儘に用ゐたるが、その梢よりは忍冬《にんどう》(カプリフオリウム)の蔓長く垂れて石垣にかゝりたり。
こゝが家ぞ、と途すがら一言も物いはざりしベネデツトオ[#「ベネデツトオ」に傍線]告げぬ。われは怪しげなる家を望み、またかの盜人の屍をかへり見て、こゝに住むことか、と問ひかへしつ。翁《おきな》にドメニカ[#「ドメニカ」に傍線]、ドメニカ[#「ドメニカ」に傍線]と呼ばれて、荒※[#「栲」のおいがしらの下が「丁」、第4水準2−14−59]《あらたへ》の汗衫《はだぎ》ひとつ着たる媼《おうな》出《い》でぬ。手足をばことごとく露《あらは》して髮をばふり亂したり。媼は我を抱き寄せて、あまたゝび接吻す。夫の詞少きとはうらうへにて、この媼はめづらしき饒舌《ぜうぜつ》なり。そなたは薊生ふる沙原より、われ等に授けられたるイスマエル[#「イスマエル」に傍線](亞伯拉罕《アブラハム》の子)なるぞ。されどわが饗應《もてなし》には足らぬことあらせじ。天上なる聖母に代りて、われ汝を育つべし。臥床《ふしど》はすでにこしらへ置きぬ。豆も烹《に》えたるべし。ベネデツトオ[#「ベネデツトオ」に傍線
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