A岸邊を牽かるゝ軛《くびき》負《お》ひたる牧牛、皆目新しきものゝみなりき。われ等は流に溯りて行きぬ。足の下なるは丈低く黄なる草、身のめぐりなるは莖長く枯れたる薊のみ。十字架の側を過ぐ。こは人の殺されたるあとに立てしなり。架《か》に近きところには、盜人の屍の切り碎きて棄てたるなり。隻腕《かたうで》、隻脚《かたあし》は猶その形を存じたり。それさへ心を寒からしむるに、我|栖《すみか》はこゝより遠からずとぞいふなる。
此家は古の墳墓の址《あと》なり。この類《たぐひ》の穴こゝらあれば、牧者となるもの大抵これに住みて、身を戍《まも》るにも、又身を安んずるにも、事足れりとおもへるなり。用なき窪《くぼみ》をば填《う》め、いらぬ罅《すきま》をば塞ぎ、上に草を葺《ふ》けば、家すでに成れり。我牧者の家は丘の上にありて兩層あり。隘《せば》き戸口なるコリントス[#「コリントス」に二重傍線]がたの柱は、當初墳墓を築きしときの面影なるべし。石垣の間なる、幅廣き三條の柱は、後の修繕ならん。おもふに中古は砦《とりで》にやしたりけん。戸口の上に穴あり。これ窓なるべし。屋根の半は葦簾《よしすだれ》に枯枝をまじへて葺き、半
前へ
次へ
全674ページ中79ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング