テく曲りたる巷《ちまた》を走りぬ。途にて逢ひたるは、杖もて敷石を敲《たゝ》き、高聲にて歌ふ男一人のみなりき。しばらくして廣きところに出でぬ。こゝは見覺あるフオヽルム、ロマアヌム[#「フオヽルム、ロマアヌム」に二重傍線]なりき。常は牛市と呼ぶところなり。
露宿、わかれ
月はカピトリウム[#「カピトリウム」に二重傍線](羅馬七陵の一)の背後を照せり。セプチミウス・セヱルス[#「セプチミウス・セヱルス」に傍線]帝の凱旋門に登る磴《いしだん》の上には、大外套被りて臥したる乞兒《かたゐ》二三人あり。古《いにしへ》の神殿のなごりなる高き石柱は、長き影を地上に印せり。われはこの夕まで、日暮れてこゝに來しことなかりき。鬼氣は少年の衣を襲へり。歩をうつす間、高草の底に横はりたる大理石の柱頭に蹶《つまづ》きて倒れ、また起き上りて帝王堡《ていわうはう》の方を仰ぎ見つ。高き石がきは、纏《まつ》はれたる蔦かづらのために、いよゝおそろし氣《げ》なり。青き空をかすめて、ところ/″\に立てるは、眞黒《まくろ》におほいなるいとすぎの木なり。毀《こぼ》れたる柱、碎けたる石の間には、放飼《はなしがひ》の驢《うさ
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