ャうま》あり、牛ありて草を食《は》みたり。あはれ、こゝには猶我に迫り、我を窘《くるし》めざる生物こそあれ。
月あきらかなれば、物として見えぬはなし。遠き方より人の來り近づくあり。若し我を索《もと》むるものならば奈何せん。われは巨巖の如くに我前に在る「コリゼエオ」に匿《かく》れたり。われは猶きのふ落《らく》したる如き重廊の上に立てり。こゝは暗くして且《また》冷《ひやゝか》なり。われは二あし三あし進み入りぬ。されど谺響《こだま》にひゞく足音《あのと》おそろしければ、徐《しづか》に歩を運びたり。先の方には焚火する人あり。三人の形明に見ゆ。寂しきカムパニア[#「カムパニア」に二重傍線]の野邊を夜更けては過ぎじとて、こゝに宿りし農夫にやあらん。さらずばこゝを戍《まも》る兵土にや。はた盜《ぬすびと》にや。さおもへば打物の石に觸るゝ音も聞ゆる如し。われは却歩《あとしざり》して、高き圓柱の上に、木梢《こずゑ》と蔦蘿《つたかづら》とのおほひをなしたるところに出でぬ。石がきの面をばあやしき影往來す。處々に抽《ぬ》け出でたる截石《きりいし》の將《まさ》に墜《おち》んとして僅に懸りたるさま、唯だ蔓草にのみ支
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