tのこゝろづかひのために、こゝには訪《おとづ》れ來ぬるなり。をぢは聲振り立てゝいふやう。この孤《みなしご》の族《うから》にて世にあるものは、今われひとりなり。孤をばわれ引き取りて世話すべし。その代りには、此家に殘りたる物悉くわが方へ受け收むべし。かの盾銀二十は勿論なりといふ。マリウチア[#「マリウチア」に傍線]は臆面せぬ女なれば、進み出でゝ、おのれフラア・マルチノ[#「フラア・マルチノ」に傍線]其餘の人々とこゝの始末をば油斷なく取り行ふべければ、おのが一身をだにもてあましたる乞丐《かたゐ》の益なきこと言はんより、疾く歸れといふ。フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]は席を立ちぬ。マリウチア[#「マリウチア」に傍線]とペツポ[#「ペツポ」に傍線]のをぢとは、跡に殘りてはしたなく言ひ罵り、いづれも多少の利慾を離れざる、きたなき爭をなしたり。マリウチア[#「マリウチア」に傍線]のいふやう。この兒をさほど欲《ほ》しと思はゞ、直に連れて歸りても好し。若し肋《あばら》二三本打ち折りて、おなじやうなる畸形《かたは》となし、往來《ゆきゝ》の人の袖に縋らせんとならば、それも好し。盾銀二十枚をば、われこゝに
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