て、あるとき我に一枚の圖をおくりしことあり。圖の中なる聖母《マドンナ》のこぼし給ふおほいなる涙の露は地獄の※[#「諂のつくり+炎」、第3水準1−87−64]《ほのほ》の上におちかかれり。亡者は爭ひてかの露の滴りおつるを承《う》けむとせり。僧は又一たびわれを伴ひてその僧舍にかへりぬ。當時わが目にとまりしは、方《けた》なる形に作りたる圓柱の廊なりき。廊に圍まれたるは小《ちさ》き馬鈴藷圃《ばれいしよばたけ》にて、そこにはいとすぎ(チプレツソオ)の木二株、檸檬《リモネ》の木一株立てりき。開《あ》け放ちたる廊には世を逝《みまか》りし僧どもの像をならべ懸けたり。部屋といふ部屋の戸には獻身者の傳記より撰び出したる畫圖を貼り付けたり。當時わがこの圖を觀し心は、後になりてラフアエロ[#「ラフアエロ」に傍線]、アンドレア・デル・サルトオ[#「アンドレア・デル・サルトオ」に傍線]が作を觀る心におなじかりき。
僧はそちは心|猛《たけ》き童なり、いで死人を見せむといひて、小き戸を開きつ。こゝは廊《わたどの》より二三級低きところなりき。われは延《ひ》かれて級を降りて見しに、こゝも小き廊にて、四圍悉く髑髏《どくろ
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