ルチノ」に傍線]が教へしよりは善し、そちが身には詩人や舍《やど》れる、といひき。フラア・マルチノ[#「フラア・マルチノ」に傍線]より善しといへる詞は、わがためにいと喜ばしく、さて詩人とはいかなるものならむとおもひ煩ひ、おそらくは我身の内に舍れる善き神のみつかひならむと判じ、又夢のうちに我に面白きものを見するものにやと疑ひぬ。
母上は家を離れて遠く出で給ふこと稀なりき。されば或日の晝すぎ、トラステヱエル[#「トラステヱエル」に二重傍線](テヱエル[#「テヱエル」に二重傍線]河の右岸なる羅馬の市區)なる友だちを訪はむ、とのたまひしは、我がためには祭に往くごとくなりき。日曜に着る衣をきよそひぬ。中單《チヨキ》の代にその頃着る習なりし絹の胸當をば、針にて上衣の下に縫ひ留めき。領巾《えりぎぬ》をば幅廣き襞《ひだ》に摺《たゝ》みたり。頭には縫とりしたる帽を戴きつ。我姿はいとやさしかりき。
とぶらひ畢《をは》りて、家路に向ふころは、はや頗る遲くなりたれど、月影さやけく、空の色青く、風いと心地好かりき。路に近き丘の上には、「チプレツソオ」、「ピニヨロ」なんどの常磐樹《ときはぎ》立てるが、怪しげなる
前へ
次へ
全674ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング