、一たびさらへ聞かせたるを聞きし、畫工フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]もこよなうめでたがりぬ。さて其日になりければ、寺のうちなる卓の上に押しあげられぬ。我家のとは違ひて、この卓には毯《かも》を被ひたり。われはよその子供の如く、諳《そらん》じたるまゝの説教をなしき。聖母の心《むね》より血汐出でたる、穉き基督のめでたさなど、説教のたねなりき。我順番になりて、衆人に仰ぎ見られしとき、我胸跳りしは、恐ろしさゆゑにはあらで、喜ばしさのためなりき。これ迄の小兒の中にて、尤も人々の氣に入りしもの、即ち我なること疑なかりき。さるをわが後に、卓の上に立たせられたるは、小き女の子なるが、その言ふべからず優しき姿、驚くべきまでしほらしき顏つき、調《しらべ》清き樂に似たる聲音《こわね》に、人々これぞ神のみつかひなるべき、とさゝやきぬ。母上は、我子に優る子はあらじ、といはまほしう思ひ給ひけむが、これさへ聲高く、あの女の子の贄卓に畫ける神のみつかひに似たることよ、とのたまひき。母上は我に向ひて、かの女子の怪しく濃き目の色、鴉青《からすば》いろの髮、をさなくて又|怜悧《さかし》げなる顏、美しき紅葉《もみぢ》のや
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