カトリコオ》教の歌をいふ)唱へはじむるとき、人々は膝を屈《かゞ》めて拜したり。髑髏の色白みたる、髑髏と我との間に渦卷ける香の烟の怪しげなる形に見ゆるなどを、我は久しく打ち目守《まも》り居たりしに、こはいかに、我身の周圍《めぐり》の物、皆|獨樂《こま》の如くに※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]り出しつ。物を見るに、すべて大なる虹を隔てゝ望むが如し。耳には寺の鐘|百《もゝ》ばかりも、一時に鳴るらむやうなる音聞ゆ。我心は早き流を舟にて下る如くにて、譬へむやうなく目出たかりき。これより後の事は知らず。我は氣を喪ひき。人あまた集ひて、鬱陶《うつたう》しくなりたるに、我空想の燃え上りたるや、この眩暈《めまひ》のもとなりけむ。醒めたるときは、寺の園なる檸檬《リモネ》の木の下にて、フラア・マルチノ[#「フラア・マルチノ」に傍線]が膝に抱かれ居たり。
 わが夢の裡に見きといふ、首尾整はざる事を、フラア・マルチノ[#「フラア・マルチノ」に傍線]を始として、僧ども皆神の業《わざ》なりといひき。聖《ひじり》のみたまは面前を飛び過ぎ給ひしかど、はるかなき童のそのひかり耀《かゞや》けるさまにえ堪へで、卒倒
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