A大なる布を頭より被せ、頸のまはりに結びたれば、それより方角だに辨《わきま》へられず。諸手《もろて》をば縛《いまし》められたり。我|身上《みのうへ》は今や獵夫《さつを》に獲られたる獸にも劣れり。されど憂に心|昧《くら》みたる上なれば、苦しとも思はでせくゞまり居たり。馬の前足は大方仰ぐのみなれど、ともすれば又暫し阪道を降る心地す。茂りあひたる梢は頻りに我頬を拊《う》てり。道なき處をや騎《の》り行くらん覺束《おぼつか》なし。
 久しき後馬より卸《おろ》して、我を推して進ましむ。かれこれ復た隻語《せきご》を交へず。狹き門を過ぎて梯《はしご》を降りぬ。心神定まらず、送迎|忙《いそが》はしき際の事とて、方角|道程《みちのり》よくも辨へねど、山に入ること太《はなは》だ深きにはあらずと思はれぬ。わがその何れの地なるを知りしは、年あまた過ぎての事なり。後には外國人《とつくにびと》も尋ね入り、畫工の筆にも上りぬ。こゝは古《いにしへ》のツスクルム[#「ツスクルム」に二重傍線]の地なり。栗の林、丈高き月桂《ラウレオ》の村立《むらだち》ある丘陵にて、今フラスカアチ[#「フラスカアチ」に二重傍線]と呼ばるゝ處の
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