給ひき。まことに我は奈何《いか》なる故とも知らねど、女といふ女は側に來らるゝだに厭はしう覺えき。母上のところに來る婦人は、人の妻ともいはず、處女《をとめ》ともいはず、我が穉き詞にて、このあやしき好憎の心を語るを聞きて、いとおもしろき事におもひ做《な》し、強《し》ひて我に接吻せむとしたり。就中《なかんづく》マリウチア[#「マリウチア」に傍線]といふ娘は、この戲にて我を泣かすること屡《しば/\》なりき。マリウチア[#「マリウチア」に傍線]は活溌なる少女なりき。農家の子なれど、裁縫店にて雛形娘をつとむるゆゑ、華靡《はで》やかなる色の衣をよそひて、幅廣き白き麻布もて髮を卷けり。この少女フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]が畫の雛形をもつとめ、又母上のところにも遊びに來て、その度ごとに自らわがいひなづけの妻なりといひ、我を小き夫なりといひて、迫りて接吻せむとしたり。われ諾《うけが》はねば、この少女しば/\武を用ゐき。或る日われまた脅されて泣き出しゝに、さては猶|穉兒《をさなご》なりけり、乳房|啣《ふく》ませずては、啼き止むまじ、とて我を掻き抱かむとす。われ慌てゝ迯《に》ぐるを、少女はすかさず追ひ
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