又我に接吻して、衣のかくしより美しき銀の※[#「金+表」、10−下段−13]《とけい》を取り出し、これをば汝に取らせむ、といひて與へき。われはあまりの嬉しさに、けふの恐ろしかりし事共、はや悉《こと/″\》く忘れ果てたり。されど此事を得忘れ給はざるは、始終の事を聞き給ひし母上なりき。フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]はこれより後、我を伴ひて出づることを許されざりき。フラア・マルチノ[#「フラア・マルチノ」に傍線]もいふやう。かの時二人の命の助かりしは、全く聖母《マドンナ》のおほん惠にて、邪宗のフエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]が手には授け給はざる絲を、善く神に仕ふる、やさしき子の手には與へ給ひしなり。されば聖母の恩をば、身を終ふるまで、ゆめ忘るゝこと勿《なか》れといひき。
フラア・マルチノ[#「フラア・マルチノ」に傍線]がこの詞と、或る知人の戲《たはむれ》に、アントニオ[#「アントニオ」に傍線]はあやしき子なるかな、うみの母をば愛するやうなれど、外の女をばことごとく嫌ふと見ゆれば、あれをば、人となりて後僧にこそすべきなれ、といひしことあるとによりて、母上はわれに出家せしめむとおもひ
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