ノ愚ならんも、枉《ま》げてこれに從はでは協《かな》はず。道具かたはそれの道具を調へんは、我座の力の及ぶところにあらずといふ。かゝる場合に原作を改むることを、芝居にては曲を曲《ま》ぐといふ。畫工は某《それ》の畑、某の井、其の積み上げたる芻秣《まぐさ》をばえ寫さじといふ。これがためにさへ曲ぐべき詞も出來たるべし。最後におもなる女優又來りて、それの詞の韻脚は囀《さへづ》りにくし、あの韻をば是非とも阿《あ》のこゑにして賜はれといふ。これがためにいかなる重みある詞を削《けづ》り給はんも、又いづくより阿のこゑの韻脚を取り給はんも、そは唯だ君が責に歸せん。かくあまたゝび改めて、ほと/\元の姿を失ひたる曲を革《かは》に掛けたるとき、看客のうけあしきを見て、樂長はかならず怒りて云はむ。拙劣なる詩のために、いたづらなる骨折せしことよ。わが譜の翼を借したれども、癡重《ちちよう》なるかの曲はつひに地に墜ちたりと云はむ。
外よりは樂の聲おもしろげに聞えたり。假面着けたる人はこゝの街にもかしこの辻にもみち/\たり。たちまち拍手の音と共に聞ゆる喝采の響いとかしましきに、一座の人々みな窓よりさし覗きぬ。いまわれ意中の人の傍にありて見れば、さきに厭はしと見つるとは樣かはりて、けふの祭のにぎはひ又面白く、我はふたゝびきのふ衆人に立ち廁《まじ》りて遊びたはぶれし折に劣らぬ興を覺えき。
道化役者にいでたちたるもの五十人あまり。われ等のさし覗ける窓の下につどひ來て、おのれ等が中より一人の王を選擧せんとす。これに中《あた》りたるものは、彩《いろど》りたる旗、桂の枝の環飾《わかざり》、檸檬《リモネ》の實の皮などを懸けたる小車に乘り遷《うつ》りぬ。その旗のをかしく風に翻《ひるがへ》るさま、衣の紐などの如く見えき。王の着座するや、其頭には金色に塗りて更にまた彩りたる鷄卵を並べて作れる笠を冠として戴かせ、其手には「マケロニ(麪《めん》類の名)つけたる大いなる玩具《もてあそび》の柄つきの鈴を笏《こつ》として持たせたり。さて人々その車のめぐりを踊りめぐれば、王はいづかたへも向ひて頷《うなづ》きたり。やゝありて人々は自ら車の綱取りて挽《ひ》き出せり。この時王は窓にアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]あるを見つけ、親しげに目禮し、車の動きはじむると共に聲を揚げ。きのふは汝、けふは我。羅馬の牧のまことの若駒を轅《ながえ
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