」の巨鐘は響き渡りて、全都の民を呼び出せり。我は急ぎ歸りて、かの状師《だいげんにん》の服に着換へ、再び街に出でしに、假裝の群は早く我を邀《むか》へて目禮す。この群は祭の間のみ王侯に同じき權利を得たる工人と見えたり。その假裝には價極めて卑《ひく》きものを揀《えら》びたれど、その特色は奪ふべからず。常の衣の上に粗※[#「栲」のおいがしらの下が「丁」、第4水準2−14−59]《あらたへ》の汗衫《じゆばん》を被りたるが、その衫《さん》の上に縫附けたる檸檬《リモネ》の殼《から》は大いなる鈕《ぼたん》に擬《まが》へたるなり。肩と※[#「革+華」、第4水準2−92−10]《くつ》とには青菜を結びつけたり。頭に戴けるは「フイノツキイ」(俗曲中にて無遠慮なる公民を代表したる役なり)の假髮《かづら》にて、目に懸けたるは柚子《みかん》の皮を刳《く》りぬきて作りし眼鏡なり。我は彼等に對《むか》ひて立ち、手に持ちたる刑法の卷を開きてさし示し、見よ、分を踰《こ》えたる衣服の奢《おごり》は國法の許さゞるところなるぞ、我が告發せん折に臍《ほぞ》を噬《か》む悔あらんと喝《かつ》したり。工人は拍手せり。我は進みてコルソオ[#「コルソオ」に二重傍線]に出でたるに、こゝは早や變じて假裝舞の廣間となりたり。四方の窓より垂れたる彩氈は、唯だおほいなる欄《てすり》の如く見ゆ。家々の簷端《のきば》には、無數の椅子を並べて、善き場所はこゝぞと叫ぶ際物師《きはものし》あり。街を行く車は皆正しき往還の二列をなしたるが、これに乘れる人多くは假裝したり。中にも月桂《ラウレオ》の枝もて車輪を賁《かざ》りたるあり。そのさま四阿屋《あづまや》の行くが如し。家と車との隙間をば樂しげなる人|填《うづ》めたり。窓には見物の人々充ちたり。そが間には軍服に假髭《つけひげ》したる羅馬美人ありて、街上なる知人《しるひと》に「コンフエツチイ」の丸《たま》を擲《なげう》てり。我これに向ひて、「コンフエツチイ」もて人の面を撃つは、國法の問ふところにあらねど、美しき目より火箭《ひや》を放ちて人の胸を射るは、容易ならぬ事なれば許し難しと論告せしに、喝采の聲と倶に、花の雨は我頭上に降り灑《そゝ》ぎぬ。公民の妻と覺しき婦人の際立ちて飾り衒《てら》へるあり。權夫《けんふ》(夫に代りて婦人に仕ふる者、「チチスベオ」)と覺しき男これに扈從《こじう》したり。この
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