ォな》よ。邪魔をば早や拂ひたれば、いざ送りて得させんといふ。されど翁はいつの間にか逃げゆきけん、近きところには見えざりき。
我はベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]を引きて群衆の中を走り出でぬ。來よ我友。今こそは汝と共に酒飮まんとおもふなれ。今より後は、たとひいかなる事ありても、われ汝が友たるべし。ベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]。そなたは昔にかはらぬ物ずきなるよ。されど我が知らぬ猶太の翁のかた持ちて、かの癡人《しれもの》と爭ひしも、おなじ物ずきにやあらん。
我等は酒家《オステリア》に入りぬ。客は一間に滿ちたれども、別に我等に目を注《つ》くるものあらざりき。隅の方なる小卓に倚りて、共に一瓶の葡萄酒を酌み、友誼の永く渝《かは》らざらんことを誓ひて別れぬ。
學校の門をば、心やすき番僧の年老いたるが、仔細なく開きて入れぬ。あはれ、珍しき事の多かりし日かな。身の疲に酒の醉さへ加はりたれば、程なく熟睡して前後を知らず。
猶太をとめ
許をも受けで校外に出で、士官と倶に酒店に入りしは、輕からぬ罪なれば、若し事|露《あらは》れなば奈何《いか》にすべきと、安き心もあらざりき。さるを僥倖《げうかう》にもその夕我を尋ねし人なく、又我が在らぬを知りたるは、例の許を得つるならんとおもひて、深くも問ひ糺《たゞ》さで止みぬ。我が日ごろの行よく謹《つゝし》めるかたなればなりしなるべし。光陰は穩に遷《うつ》りぬ。課業の暇あるごとに、恩人の許におとづれて、そを無上の樂となしき。小尼公は日にけに我に昵《なじ》み給ひぬ。我は穉《をさな》かりしとき寫しつる畫など取り出でゝ、み館にもて往き、小尼公に贈るに、しばしはそれもて遊び給へど、幾程もあらぬに破《や》り棄て給ふ。我はそをさへ拾ひ取りて、藏《をさ》めおきぬ。
その頃我はヰルギリウス[#「ヰルギリウス」に傍線]を讀みき。その六の卷なるエネエアス[#「エネエアス」に傍線]がキユメエ[#「キユメエ」に傍線]の巫《みこ》に導かれて地獄に往く條《くだり》に至りて、我はその面白さに感ずること常に超えたり。こはダンテ[#「ダンテ」に傍線]の詩に似たるがためなり。ダンテ[#「ダンテ」に傍線]によりて我作をおもひ、我作によりて我友をおもへば、ベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]が面を見ざること久しうなりぬ。恰も好しワチカアノ[#「ワチカア
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