話だね」と、山田が云った。
 犬塚は笑って、「どうせ色々な原因から焼けになった連中が這入るのだから、無政府主義は焼けの偉大なるものと云っても好かろう」と云った。
 役所には所々の壁に、「静かに歩むべし」と書いて貼《は》ってある位であるから、食堂の会話も大声でするものはない。だから方々に二三人ずつの会話の群が出来て、遠い席からそれに口を出すことはめったに無い。
「一体いつからそんな無法な事が始まったのだろう」と、山田が犬塚の顔を見て云った。
「そんな事は学者の木村君にでも聞かなくちゃあ駄目《だめ》だ」と云って、犬塚は黙ってこの話を聞いている木村の顔を見た。
「そうですね。僕だって別に調べて見たこともありませんよ。無政府主義も虚無主義も名附親は分かっていますがね。」いつでも木村は何か考えながら、外の人より小さい声で、ゆっくり物を言う。それに犬塚に対する時だけは誰よりも詞遣いが丁寧である。それをまた犬塚は木村が自分を敬して遠ざけるように感じて、木村という男を余り好くは思っていない。
「虚無主義とは別なのかね」と、山田が云った。
 木村はこう話が面倒になって来ては困るとでも思うらしく、例の小さ
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