と思う程、色の蒼《あお》い痩《や》せこけた顔ばかりである。まだ二十《はたち》を越したばかりのもある。もう五十近いのもある。しかしこの食堂に這入《はい》って来るコンマ以下のお役人には、一人も脂気《あぶらけ》のある顔はない。たまに太った人があるかと思えば、病身らしい青ぶくれである。
 木村はこの仲間ではほとんど最古参なので、まかない所の口に一番遠い卓の一番壁に近い端に据わっている。角力《すもう》で言えば、貧乏神の席である。
 〔|Vis−a`−vis《ウィザ ウィイス》〕 の先生は、同じ痩せても、目のぎょろっとした、色の浅黒い、気の利いた風の男で、名を犬塚という。某局長の目金《めがね》で任用せられたとか云うので、木村より跡から出て、暫《しばら》くの間に一給俸まで漕《こ》ぎ附けたのである。
 なんでも犬塚に知られた事は、直ぐに上の方まで聞える。誰《たれ》でも上官に呼ばれて小言を聞いて見ると、その小言が犬塚の不断言っている事に好く似ている。上官の口から犬塚の小言を聞くような心持がする。
 犬塚はまかないの飯を食う。同じ十二銭の弁当であるが、この男の菜《さい》だけは別に煮てある。悪い博奕打《ばく
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