ベリアへ遣《や》られて、五年間在勤していて、満州まで廻って見た。その頃種々な人に接触した結果、無政府主義になったのだそうだ。それから彼得堡の大学に這入って、地学を研究した。自分でも学術上に価値のある事業は、三十歳の時に刊行した亜細亜《アジア》地図だと云っている。Jura《ユラ》 へ行ったのも、英国で地学上の用務を嘱托《しょくたく》せられて行ったのだ。亜米利加のタッカアなんぞはプルウドンの翻訳をしている位のもので、大した人物ではない。」
木村が暫く黙っていると、犬塚が云った。「クロポトキンは別品《べっぴん》の娘を持っているというじゃないか。」
「そうです。大相世間で同情している女のようですね」と、木村は答えて、また黙ってしまった。
山田が何か思い出したという様子で云った。「こん度の連中は死刑になりたがっているから、死刑にしない方が好いというものがあるそうだが、どういうものだろう。」
敷島《しきしま》の烟《けむり》を吹いていた犬塚が、「そうさ、死にたがっているそうだから、監獄で旨い物を食わせて、長生をさせて遣るが好《よ》かろう」と云って笑った。そして木村の方へ向いて、「これまで死刑に
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