だよ」と、聞いていた一人が云った。「先輩だって、そんな議論を持ち出されたとき、己は芸者が呼んで貰いたいと云うわけには行《い》かない。議論を持ち出したものの偽善が、先輩を余儀なくして偽善をさせたのだ」
「それは穿《うが》って云えばそんなものかも知れないが、あらゆる美徳を偽善にしてしまっても困るね」と、今一人が云った。
「美徳なものか。芸者が心《しん》から厭なのなら、美徳かも知れない。又そうでなくても、好きな芸者の誘惑に真面目に打勝とうとしているのなら、それも美徳かも知れない。学生のいないところでは呼ぶ芸者を、いるところで呼ばないなんて、そんな美徳はないよ」
「しかし世間というものはそうしたもので、それを美徳としなくてはならないのではあるまいか」
「これはけしからん。それではまるで偽善の世界になってしまうね」
議論の火の手は又|熾《さか》んになる。純一は面白がって聞いている。熾んにはなる。しかしそれは花火|綫香《せんこう》が熾んに燃えるようなものである。なぜというに、この言い争っている一群《ひとむれ》の中に、芸者が真に厭だとか、下《く》だらないとか思っているらしいものは一人もない。いずれも自分の好む所を暴露しようか、暴露すまいか、どの位まで暴露しようかなどという心持でしゃべっているに過ぎない。そこで偽善には相違ない。そんなら偽善呼ばわりをしている男はどうかというに、これも自分が真の善というものを持っているので、偽善を排斥するというのでもなんでもない。暴露主義である。浅薄な、随《したが》って価値のないCynisme《シニスム》であると、純一は思っている。
とにかく塩田君を呼んで来《こ》ようじゃないかということになった。曽根は暫く方々見廻していたが、とうとう大臣の前に据わって辞儀をしている塩田を見附けて、連れに行った。
塩田という名も、新聞や雑誌に度々出たことがあるので、純一は知っている。どんな人かと思って、曽根の連れて来るのを待っていると、想像したとはまるで違った男が来た。新しい道徳というものに、頼《よ》るべきものがない以上は、古い道徳に頼《よ》らなくてはならない、古《むかし》に復《かえ》るが即ち醒覚《せいかく》であると云っている人だから、容貌も道学先生らしく窮屈に出来ていて、それに幾分か世と忤《さか》っている、misanthrope《ミザントロオプ》らしい処があり
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