上に落して、しゆうと云はせて焼くのである。
「早く皿をお出し」と云ふと、ドルフが出す。金色《きんしよく》をして、軟く脆い、出来立の菓子が皿に乗る。「先づお父うさんに」と云つて出すと、トビアスが「いや、リイケ食べろ」と云ふ。とう/\リイケが二つに割つて、ドルフと一切づつ食べた。次にトビアスの皿へは大きいのが乗る。トビアスは云つた。「桟橋から水に映つたお天道様を見るやうに光るぜ。」
 菓子種は小川《こがは》のやうに焼鍋の上に流れる。バタが歌ふ。火がつぶやく。そして誰の皿の上にも釣り上げられた魚《うを》のやうに、焼立の菓子が落ちて来る。婆あさんは出来損つたのを二つ取つて置いて、それを皿に載せて、爺いさんの傍に腰を卸して食べた。
 ドルフが起つて、今日菓子屋が店に出してゐるやうな人形の形をした菓子を焼かうとする。最初に出来たのを、リイケの皿に取つて遣ると、まだ熟《よ》く焼けてゐなかつたので、はじけて形がめちや/\になる。それから何遍も焼いて見るうちに、とう/\手足のある人形らしい物になつたので、林檎を顔にして、やつと満足した。
 トビアスはドルフに言ひ附けて、部屋の隅の木屑の底から、オランダ土
前へ 次へ
全32ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング