れから杓子を令《れい》の杖のやうに竪《た》てて、「さあ、皆お掛、御馳走が始まるよ」といつた。
ドルフとリイケとは行李を引き寄せて腰を掛ける。爺いさんは自分が一つの椅子に掛けて、今一つのを傍へ引き寄せて、それにネルラを掛けさせる。
婆あさんが卓の上へ、秘密の第二の蒸鍋を運ぶ。白い蒸気がむら/\と立つて、日の当たる雪の消えるやうな音がする。
「シツペさんとこの猫です。わたしにはすぐ分かつた。」ドルフは母親が蓋をあける時かう云つた。
皆が皿を出す。婆あさんが盛る。ドルフは自分の皿を手元へ引いて、丁寧に嗅いで見て、突然|拳《こぶし》で卓を打つた。「や。リイケ、どうだい。すてきだ。臓物だぜ。」秘密は牛の心臓、肝臓、肺臓なんぞを交煮《まぜに》にしたフランデレン料理であつた。
爺いさんが云つた。「王様は臓物を葡萄酒のソオスで召し上がるさうだが、ネルラが水で煮るとそれよりも旨い。」
食べてしまふと、婆あさんが立つて、焼鍋を竈に掛けて、真木をくべて火を掻き起して、第一の蒸鍋の上の切れを取つた。菓子種はふつくりと溲起《しうき》してゐる。すくつて杓子を持ち上げると、長く縷《る》を引く。それを焼鍋の
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