らどうでせう。おつ母さん、キスをして下さいますか。さあ、どうです。早く極めて下さい。一つ。二つ。」
母はよめに言つた。「どれ、立つて御覧。でないと、お前の御亭主にキスをして遣つて好いか、どうだか、分からないから。」
ドルフはリイケの椅子の下にしやがんだ。そして長い間何やら捜す真似をしてゐた。それからやつと手柄顔に牛乳の罐を取り出して、左の拳で腰の脇を押さへながら云つた。「さあ。誰がキスをして貰ふのです。えゝ、おつ母さん。」
母は云つた。「ドルフや、矢つ張りわたしよりリイケにキスをするが好いよ。蠅は蜜を好くものだからね。」
ドルフは摩足《すりあし》をして、左の手で胸を押さへて、リイケに礼をした。これは上流の人の貴婦人にする礼の真似である。そして云つた。「もし。あなたのやうなお美しい方にキスをいたしても宜しうございませうか。」かう云つたかと思ふと、ドルフは女房の返事を待たずに、両腋に手を插し込んで、抱いて椅子から起たせた。そして項《うなじ》にキスをした。
リイケはそれでは不承知と見えて、振り向いて唇と唇とを合せた。
ドルフは云つた。「ああ、旨かつた。ミルクで煮たお米のやうだつた。」
此時これまで黙つてゐた爺いさんのトビアスが婆あさんに言つた。「おい、己達も若い者の真似をしようぢやないか。己はこいつ等が中の好いのを見るのが嬉しくてならん。」
「えゝ/\、わたし達も丁度あの通りでしたわねえ。」
トビアスは婆あさんの頬にキスをした。婆あさんが返報に爺いさんにキスを二度して遣つた。丸で真木《まき》を割るやうな音がしたのである。
ドルフが云つた。「リイケや。こつちとらもいつまでも中好くしようぜ。」
「わたしあなたと中が悪くなる程なら、死んでしまふわ。」
「さうか。己はお前より二つ年上だ。お前が十になつた時、己は十二だつたが、今思つて見れば、己はもうあの時からお前が好だつた。それは今とは心持は違ふが。」
「あら、それはよして下さいな。わたしとあなたとの識合になつたのは、五月からの事にして下さらなくては厭。それより前の事は、どうぞ言はないで下さいね。どうぞ五月より前の事は言はないとさう云つて頂戴ね。でないと、わたし恥かしくつて、あなたと中好くすることが出来ませんから。」かう云つて、リイケは夫の胸に縋つた。そのとたんにリイケが少し身を反らせたので、産月《うみづき》にな
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