、父を尋ねに旅立ちました。越後まで出ますと、恐ろしい人買いに取られて、母は佐渡へ、姉とわたくしとは丹後の由良へ売られました。姉は由良で亡くなりました。わたくしの持っている守本尊はこの地蔵様でございます」こう言って守本尊を出して見せた。
 師実は仏像を手に取って、まず額に当てるようにして礼をした。それから面背《めんぱい》を打ち返し打ち返し、丁寧に見て言った。「これはかねて聞きおよんだ、尊い放光王地蔵菩薩《ほうこうおうじぞうぼさつ》の金像《こんぞう》じゃ。百済国《くだらのくに》から渡ったのを、高見王が持仏にしておいでなされた。これを持ち伝えておるからは、お前の家柄に紛《まぎ》れはない。仙洞《せんとう》がまだ御位《みくらい》におらせられた永保《えいほう》の初めに、国守の違格《いきゃく》に連座して、筑紫へ左遷せられた平正氏《たいらのまさうじ》が嫡子に相違あるまい。もし還俗《げんぞく》の望みがあるなら、追っては受領《ずりょう》の御沙汰もあろう。まず当分はおれの家の客にする。おれと一しょに館《やかた》へ来い」

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 関白師実の娘といったのは、仙洞にかしずいている
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