と、厨子王は思った。
都に上った厨子王は、僧形《そうぎょう》になっているので、東山の清水寺《きよみずでら》に泊った。
籠堂《こもりどう》に寝て、あくる朝目がさめると、直衣《のうし》に烏帽子《えぼし》を着て指貫《さしぬき》をはいた老人が、枕もとに立っていて言った。「お前は誰の子じゃ。何か大切な物を持っているなら、どうぞおれに見せてくれい。おれは娘の病気の平癒《へいゆ》を祈るために、ゆうべここに参籠《さんろう》した。すると夢にお告げがあった。左の格子《こうし》に寝ている童《わらわ》がよい守本尊を持っている。それを借りて拝ませいということじゃ。けさ左の格子に来てみれば、お前がいる。どうぞおれに身の上を明かして、守本尊を貸してくれい。おれは関白|師実《もろざね》じゃ」
厨子王は言った。「わたくしは陸奥掾正氏《むつのじょうまさうじ》というものの子でございます。父は十二年前に筑紫の安楽寺へ往ったきり、帰らぬそうでございます。母はその年に生まれたわたくしと、三つになる姉とを連れて、岩代の信夫郡《しのぶごおり》に住むことになりました。そのうちわたくしが大ぶ大きくなったので、姉とわたくしとを連れて
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