の詮議《せんぎ》か。当山は勅願の寺院で、三門には勅額をかけ、七重の塔には宸翰金字《しんかんこんじ》の経文が蔵《おさ》めてある。ここで狼藉《ろうぜき》を働かれると、国守《くにのかみ》は検校《けんぎょう》の責めを問われるのじゃ。また総本山東大寺に訴えたら、都からどのような御沙汰《ごさた》があろうも知れぬ。そこをよう思うてみて、早う引き取られたがよかろう。悪いことは言わぬ。お身たちのためじゃ」こう言って律師はしずかに戸を締めた。
 三郎は本堂の戸を睨《にら》んで歯咬《はが》みをした。しかし戸を打ち破って踏み込むだけの勇気もなかった。手のものどもはただ風に木の葉のざわつくようにささやきかわしている。
 このとき大声で叫ぶものがあった。「その逃げたというのは十二三の小わっぱじゃろう。それならわしが知っておる」
 三郎は驚いて声の主《ぬし》を見た。父の山椒大夫に見まごうような親爺《おやじ》で、この寺の鐘楼守《しゅろうもり》である。親爺は詞を続《つ》いで言った。「そのわっぱはな、わしが午《ひる》ごろ鐘楼から見ておると、築泥《ついじ》の外を通って南へ急いだ。かよわい代りには身が軽い。もう大分の道を行っ
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