めた。次で金澤蒼夫さんを訪うて、系譜を閲《けみ》し談話を聽き、壽阿彌去後の眞志屋のなりゆきを追尋して、あらゆるトラヂシヨンの絲を斷ち截《き》つた維新の期に※[#「二点しんにょう+台」、第3水準1−92−53]《およ》んだ。わたくしの言はむと欲する所のものは略《ほゞ》此《こゝ》に盡きた。
然るに淺井、金澤兩家の遺物文書の中には、※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]閲の際にわたくしの目に止まつたものも少く無い。左に其二三を録存することゝする。
淺井氏のわたくしに示したものゝ中には、壽阿彌の筆跡と稱すべきものが少かつた。袱紗《ふくさ》に記した縁起、西山遺事の書後並に欄外書等は、自筆とは云ひながら太《はなは》だ意を用ゐずして寫した細字に過ぎない。これに反してわたくしは遺物中に、小形の短册二葉を絲で綴《と》ぢ合せたものゝあるのを見た。其一には「七十九のとしのくれに」と端書して「あすはみむ八十《やそ》のちまたの門《かど》の松」と書し、下に一の壽字が署してある。今一葉には「八十《やそ》になりけるとしのはじめに」と端書して「今朝ぞ見る八十のちまたの門の松」と書し、下に「壽松」と署してある
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