這入《はひ》つてゐました。」
わたくしはこんな話をして女子に別を告げた。美しい怜悧《れいり》らしい言語の明晰《めいせき》な女子である。
増田氏歴代の中で一人谷中長運寺に葬られたものがあると、わたくしは蒼夫さんに聞いた。家に歸つてから、手近い書に就いて谷中の寺を※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]したが、長運寺の名は容易《たやす》く見附けられなかつた。そこでわたくしは錯《あやま》り聞いたかも知れぬと思つた。後に武田信賢著墓所集覽で谷中長運寺を※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]出して往訪したが、増田氏の墓は無かつた。寺は渡邊治右衞門別莊の邊から一乘寺の辻へ拔ける狹い町の中程にある。
蒼夫さんはわたくしの家を訪ふ約束をしてゐるから、若し再會したら重ねて長運寺の事をも問ひ質《たゞ》して見よう。
三十
諸書の載する所の壽阿彌の傳には、西村、江間、長島の三つの氏を列擧して、曾て其交互の關係に説き及ぼしたものが無かつた。わたくしは今淺井平八郎さんの齎《もたら》し來つた眞志屋文書に據つて、記載のもつれを解きほぐし、明《あきら》め得らるゝだけの事を明めようと努
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