衞の三男が利右衞門泰了、泰了の子が長島五郎兵衞誠範、誠範の子が眞志屋九代の五郎作、後《のち》五郎兵衞一鐵と云ふことになる。別本一鐵の下には五郎兵衞としてあつて、泰了の下に九代目五郎作としてあるから、初《はじめ》五郎作、後五郎兵衞となつたものと見るのである。
更に推測の歩を進めて、江間氏は世《よゝ》利右衞門と稱してゐて、明和六年に歿した利右衞門泰了の嫡子が寛政四年に歿した利右衞門淨岸で、淨岸の弟が長島五郎兵衞誠範であつたとする。さうすると淨岸の子壽阿彌と誠範の子一鐵とは從兄弟になる。わたくしは此推測を以て甚だしく想像を肆《ほしいまゝ》にしたものだとは信ぜない。
わたくしはこれだけの事を考へて、二種の過去帳を、他の眞志屋文書に併せて平八郎さんに還した。
わたくしは昌林院の壽阿彌の墓が新に建てられたものだと聞いたので、これを訪《と》ふ念が稍《やゝ》薄らいだ。これに反して光照院の江間、長島兩家の墓所は、わたくしに新に何物をか教へてくれさうに思はれたので、わたくしは大いにこれに屬望《ぞくばう》した。わたくしは山谷の光照院に往つた。
淺草|聖天町《しやうでんちやう》の停留場で電車を下りて吉
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