た文の不用意を悔いた。
 わたくしは石に夫の家の當時の所在を問うた。「わたくしが片附いて參つた時からは始終只今の山伏町の邊にをりました。其頃は組屋敷と申しました」と、石は云ふ。組屋敷とは黒鍬組《くろくはぐみ》の屋敷であらうか。伊澤の刀自が父と共に尋ねた家は、菊屋橋附近であつたと云ふから、稍《やゝ》離れ過ぎてゐる。師岡氏は弘化頃に菊屋橋附近にゐて、石の嫁して行く文久前に、山伏町邊に遷《うつ》つたのではなからうか。
 わたくしの石に問ふべき事は未だ盡きない。落胤問題がある。藤井紋太夫の事がある。谷の音の事がある。

     十六

 わたくしは師岡の未亡人石に問うた。「壽阿彌さんが水戸樣の落胤《おとしだね》だと云ふ噂《うはさ》があつたさうですが、若しあなたのお耳に入つてゐはしませんか。」
 石は答へた。「水戸樣の落胤と云ふ話は、わたくしも承はつてゐます。しかしそれは壽阿彌さんの事ではありません。いつ頃だか知りませんが、なんでも壽阿彌さんの先祖の事でございます。水戸樣のお屋敷へ御奉公に出てゐた女《むすめ》に、お上のお手が附いて姙娠しました。お屋敷ではその女をお下げになる時、男の子が生れたら
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