くて、壽阿彌の祖先の母であつたかも知れない。海録に據れば、眞志屋は數代菓子商で、水戸家の用達をしてゐたらしい。隨つて落胤問題も壽阿彌の祖先の身の上に歸著するかも知れない。
 若し然らずして、嘉永元年に八十歳で歿した壽阿彌自身が、彼《かの》疑問の女の胎内に舍《やど》つてゐたとすると、壽阿彌の父は明和五六年の交に於ける水戸家の當主でなくてはならない。即ち水戸參議|治保《はるもり》でなくてはならない。

     十三

 わたくしは壽阿彌の手紙と題する此文を草して將《まさ》に稿を畢《をは》らむとした。然るに何となく心に慊《あきたら》ぬ節《ふし》があつた。何事かは知らぬが、當《まさ》に做《な》すべくして做さざる所のものがあつて存する如くであつた。わたくしは前段の末に一の終の字を記すことを猶與《いうよ》した。
 そしてわたくしはかう思惟《しゆゐ》した。わたくしは壽阿彌の墓の所在を知つてゐる。然るに未《いま》だ曾《かつ》て往《ゆ》いて訪《とぶら》はない。數《しば/\》其名を筆にして、其文に由つて其人に親みつゝ、程近き所にある墓を尋ぬることを怠つてゐるのは、遺憾とすべきである。兎に角一たび往つて見
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