、壽阿彌が火事に遭《あ》つて丸燒になつた時、水戸家は十分の保護《はうご》を加へたらしい。それゆゑ壽阿彌は再び火事に遭つて、重ねて救を水戸家に仰ぐことを憚《はゞ》かつたのである。これは水戸家の一の用達に對する處置としては、或は稍《やゝ》厚きに過ぎたものと見るべきではなからうか。
 且壽阿彌の經歴には、有力者の渥《あつ》き庇保《ひはう》の下《もと》に立つてゐたのではなからうかと思はれる節が、用達問題以外にもある。久しく連歌師の職に居つたのなどもさうである。啻《たゞ》に其職に居つたと云ふのみではない。わたくしは壽阿彌が曇※[#「大/周」、第3水準1−15−73]《どんてう》と號したのは、芝居好であつたので、緞帳《どんちやう》の音に似た文字を選んだものだらうと云ふことを推する。然るに此號が立派に公儀に通つて、年久しく武鑑の上に赫《かゞや》いてゐたのである。
 次に澀江保さんに聞く所に依るに、壽阿彌は社會一般から始終一種の尊敬を受けてゐて、誰も蔭で「壽阿彌が」云々《しか/″\》したなどと云ふものはなく、必ず「壽阿彌さんが」と云つたものださうである。これも亦仔細のありさうな事である。
 次に壽阿彌
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